ヴァイオリン・ソナタ/ヒヤシンス
彼の心の中を覗きたくなって静かに耳を澄ました。
わかってる、わかってる。
ふと私は恐ろしくなってきた。
彼に私の心の内を覗かれた気がした。
しかし今私の心を占めているものは虚無だけだった。
怖がる必要もない。
薄い雲で覆われた空に大きな鴉が羽ばたいた。
私は目を閉じて昔のことを思い返してみた。
たゆたう時空の中で私は永遠を見た気がした。
これはまずいのではないか。
目を開けると隣の老人は消えていた。
わかってる、わかってる。
老人のしゃがれたしかし明瞭な声の感覚だけが耳にこびりついていた。
静かな平日の午後、私は不思議な感覚に囚われたまま、
誰よりも無口であった。
あの老人とは二度と会わないだろう。
そして私は再び失われた言葉を探し続けることだろう。
薔薇の香りに包まれて、私のベンチも朽ちてゆく。
そうだ、私はスキップをしながら公園を去ってゆこう。
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