生活/鷲田
成感を感じながら、その雄大な景色を眺めていた。
しばらく経つとあることに気が付いた。
人が米粒のようで誰も動いておらず、
ビルや家はプラモデルのようで、その内部は何も見えなかったのだ。
ただ、広い都市の景色が目に映るだけであり、
その景色から生活というものが、すっぽりと抜けていた。
彼は生活を失った気がした。そして、日常への喪失感が湧いてきた。
生活は細部から生まれ、僅かな、小さな空間で息づくのだ。
子供への想いも、妻への愛も、皆で食べる夕食も、
回っている洗濯機も、満員電車に揺られ通勤することも。
それらは広大な景色の中には無く、頂上からの景色からは消えてしまうのだ。
まるで、存在しないかのように。
男はしばらく経って、妻に電話した。電話が繋がり話をした。
「今日の夜は家で食べるの?」と妻から聞かれ、
彼は地上へと戻り、また日常の生活を始めることにした。
それは大きな塔の中での一つの小さな生活であった。
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