公務員に成れなかったコックローチ /島中 充
ドラッグのせいに違いない。若者は後ろ足で立ち上がり、まえあしで格子をつかんだ。おもいっきり布をバタバタさせながら顔をくっつけ格子をゆすった。
おれは何をしているのだ。どうして閉じ込められているのだ。子づれの母親が一番前で愉快そうにそれを眺めていた。つないだ手をギュッと握って怖がっている子供に微笑みながら言った。
「勉強しないとあんな風になるのよ。勉強して公務員に成るのよ」
公務員が一番と専門学校のコマーシャルがこの地方では毎日のようにラジオから流れていた。公務員、その言葉で若者は自分がこうしている理由をやっと総て思い出した。そして寒さとドラッグせいで突然こみ上げて来たものがあった。若者は母子
[次のページ]
戻る 編 削 Point(3)