磨くという行為/夏美かをる
 
夫と言い合いになった日の深夜
冷蔵庫の前に這いつくばって
冷たい床に雑巾で輪を描いた
何度も何度も同じ輪郭を辿って
ただ一心不乱にひとつの輪を描いた

怖い顔で子供を見送ってしまった朝は
東側の窓の右下に輪を描いた
使い古した五十肩が悲鳴をあげるまで
ただ夢中でその場所に輪を描いた

ネットの言葉に心が乱れた時には
鏡をキャンバスにした
息をはぁはぁ吹きかけては
狂おしい勢いで手を回した
さもないと 私の陰気臭い顔が
そこに映ってしまいそうだったから

いつのことだっただろう?
泣きながら便器の側面を擦っていたのは
そう、信用していた人の裏切りに気づいた時だ
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