ペンギン/光冨郁也
 
母のベッドの脇で、
表情だけは笑いながら、うつむきそうになりながら、
必死な思いで立っていた。

六年後に、
父は、中古の家と、
だまされて購入した、別荘用地を遺し、
肝臓癌で他界した。

「お前は近所のひとが、
『お母さんの見舞いに、いっしょに行くか?』と声をかけても、
『ぼくはあとでお父さんと行くからいいんです』といって、
ひとをものすごい目で、にらむような子でね。
大人しそうに見えるけど、ほんとうはガンコで……」
母はハンドルを握りながら、
老眼で信号を注視する。
その脇で、
わたしは泣き笑うような顔を隠している。

走りだした車。
母の昔話を聞きながら、わたしは黙って、
窓の外を見る。
名前の変わった、病院の建物が遠くなる。
曇り空を背景に、ペンギンの黒い頭がゆれる。
(飛ぶことができずに)
海につくころ、雨が降りはじめた。

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