子供たちに母の背中を/天野茂典
母はぼくを背負って
毎日踏み切りを渡った
栄耀失調だったぼくは
医者に通っていたのだ
記憶は曖昧だが
ぼくたち母子は貧しかった
ある医者は
『下痢をするのなら食べさせてはいけない』
といい
ある医者は
『下痢しでもなんでも食べさせなくてはいけない』
といった
母は母性本能で
子供に食べさせることを選んだ
ぼくが毎日通っていたのはどちらの医者か
分からない
踏み切りと
背負われた母の背中を
おぼえているだけである
1944年ごろの話だ
母の選択肢が間違っていれば
今のぼく
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