あか/よるのまち
 




死に化粧の父は
歌舞伎役者のように凛々しくて
酒で枯れ果てた唇が
潤っていたのを初めて視た



回顧する夕暮れ
鳴いている壊れた時計
線香の香りが夏の空気と合わさって
重たい鉛のように胃の中を徘徊する

蝉が転げ落ちて空を眺めている
それを押しつぶす橙のすべてが
今の私には
懐かしくて、

壊れそうな蛇口をひねると
溢れてくる、血液が
ひとくち、ふたくち、飲み込んで、はじめて
現実に足が届きそう



顔にあかいあかい線を引く
ぐったりと湿った身体はすでに腐り始めていて
死臭がすべての毛穴からするよ
しろいしろいカーテンの向こう側

棺桶にキスをする
それは静かに私を見下ろしている
終わりの呼吸音がやけに残る
この世のすべてを諦めたような



あかいあかい夕暮れ
その中に同化してゆく壊れた父が
塊から蒸発して、また
土に還ってゆくのだろうか

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