きよくて立派でどうでもいい/ユッカ
しは珈琲メーカーになっている。それはやさしさのためにあるはずだけど、やさしいのなんて珈琲の匂いくらいで、それ以外は全部でまかせ。珈琲を出せば出す程、愛をサボってしまう。百回の珈琲が、わたしに愛を百回サボらせる。そんなはずじゃないのに。わかっているけどやりきれない。
そういえば、珈琲を自分でいれてくれる先生がいて、まだ一度もお礼を言えていない。お礼を言いたい、と思う。この前、「僕は研究室の人に珈琲やお茶を出させるの、反対なんです。もっといい仕事に時間を…(つかったほうがいいのに)」と言われて、ああでも、珈琲を出すのが仕事のほとんどなので、とは言えなかった。
望まれてもいないものを与えることはやさしさなんだろうか。困る。荷物が余っていると思う。ここに、これ以上いてはいけないと思う。わたしにはわたしの荷物が、むこうにはむこうの荷物があって、珈琲はその間をつなぐためにあるはずなのに、わざわざ荷物をおろさせて、ちょっと待たせて珈琲を飲んでもらったりして、もう大人なんかやめて、どいつもこいつも、バカなんじゃないのって笑いたい。
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