黒円(小説)/幽
学の時であった。今思えば、就職の際故郷に戻って農協勤めもよかったかもしれないと思うのだ。ただ男は農家を継ぎたくなかったのだ。
男が子供の頃を思い出した瞬間のことだった。例の黒い輪っかが出現した。しかも今度は男の目の前に突如対峙するように現れた。真ん中の空洞を吸いこまれるように男が見詰めると、微かに何かの映像が映った。それは懐かしい故郷の原風景であった。それ程鮮明に映し出された訳ではないが、秋には真っ赤に燃える山々がぼんやりと男の実家と共に空洞の中に浮かんでいたのである。実家は最早崩れ果てているので、その光景が過去のものであることは明らかであった。人は映っていない。ただ山々と木々と懐かしい実
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