出棺時。/梓ゆい
 
最後の瞬間
かける言葉は無かった。

ただ
流されるがままに
「ありがとうございました。」と
言っただけ。

「お父さん死ぬな!!!」と
耳元で叫んだ人の話を聞いていたのだが

(何故、それをしなかったのか?)と
読経が響く寒い廊下で後悔をする。

もうすぐ父は
この家を発つ。

スーツの代わりに
羽織袴を着て。

その手には
書類かばんの代わりに
白木の杖と六文銭が握られている。

「お父さん、お父さん。さようなら。」

棺をとじる直前
最後に見た父の顔は

結ばれた口元が
ほんの少し緩んで見えた。

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