出棺時。/梓ゆい
最後の瞬間
かける言葉は無かった。
ただ
流されるがままに
「ありがとうございました。」と
言っただけ。
「お父さん死ぬな!!!」と
耳元で叫んだ人の話を聞いていたのだが
(何故、それをしなかったのか?)と
読経が響く寒い廊下で後悔をする。
もうすぐ父は
この家を発つ。
スーツの代わりに
羽織袴を着て。
その手には
書類かばんの代わりに
白木の杖と六文銭が握られている。
「お父さん、お父さん。さようなら。」
棺をとじる直前
最後に見た父の顔は
結ばれた口元が
ほんの少し緩んで見えた。
戻る 編 削 Point(3)