波紋。/梓ゆい
マーブルチョコレートを口に含み
父の事を浮かべながら
「美味しい。」とつぶやく。
喉を滑り込み
口の中をほろ苦くして
「これはうまいね。」とほころんだ父の顔が
はっきりと見えた。
駅のホーム
青い色彩が続く八ヶ岳を目前に
心地よく吹く風を仰げば
「ここから離れたくない。」と
わがままになる。
風や新緑・人もまばらのホームを
恋しく思いながら。
「心を、強くしなさい。」と言われた日から
感情をひとつ捨てて
東京と言う名の鎧を軽くした。
「お父さんが居なくなって、お父さんの姿をいたるところで探している。」
向こうから呼びかける声は私に届く事は無く
愛する者の存在を確かめる術すらままならない。
「お父さんに会わせて下さい。お父さんに会わせて下さい。」
叶わぬ願いを口にして
死者への思いを抱えたまま
薄暗い川べりを歩き出す。
(何処かにあるはずの対岸を、探しながら。)
全てを逸脱した瞬間
それらは境界線を曖昧にした。
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