987/mizunomadoka
 
テラに火を点す

鉄柵に沿って歩く
庭は荒れ放題で
伸びすぎた枝が飛び出している
窓には鎧戸

ポケットの鍵を確認する
戻ってきた

あの人の言うとおり
裏門の鍵は当時のままだった
庇のおかげで錆びもなく
わずかな抵抗で扉が開く

道を覆う雑木をトランクで押し分けて
足下の砂利を頼りに進む
屋敷の裏手に出ると
使用人口と厩が見えた


9

屋敷に入ると
私を帰さないように雨が降り出した

調理台にカンテラを置き
トランクからナイフを取って
靴を脱いだ

廊下に出ると食堂から光が漏れていた
音を立てないようにそっと近付く
半開きのドアの向こうに
彼女が座っている
出来の悪いホラーのように俯いて

私のことを知っていたのではなく
待ち続けていたのだろう

彼女は顔を上げた
まだ美しかった

無音で立ち上がって
私の手首を掴んだ

氷のような声で

「あの子は死んだのね」そう言って笑った








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