心まかせに/N.K.
不惑など疾うに過ぎた初老の男にとって
忘れ物に気付いたことは
捜し出すべきものが
茫漠たるサハラやゴビの砂粒の中に埋もれた
小さなダイヤモンドの様に思えた
とりあえず砂漠をイメージしてみるが
頭の中で砂漠は像を結ばない
世の中の忘れ物は
学校の職員室の一角や駅の保管所を
占拠していて
世界中の学校や駅の忘れ物保管所を合わせると
サハラやゴビに伍する事もあり得るなどと
気付いた現実から逃避を図りたいと思う
忘却物の紛れた砂漠と忘却からできた砂漠
互いにねじれの位置にある芒洋たる世界だ
昔から忘れ物の対応もせねばならない学校では
今時は修学旅行や語学研修という名称で
外国へ行く
外国に行くのならフランスに行ってみたいと
突然一人の学生が屈託なく言い出すのを聞いた
忘却の砂煙の中から
列車に乗り
窓に寄りかかる一人の紳士が浮かび上がる
ふらんすへ行きたしと思へども
ふらんすはあまりに遠し
爽快な五月の緑にねじれの位置にあるものたちが交差する
愉快に私の中で交差する
戻る 編 削 Point(5)