旅人の木/やまうちあつし
町を出る日
旅人は一粒の種子を
宿屋の庭にそっと植えた
宿屋の主人にも女将にも
内緒でこっそりしたことだった
次に旅人が戻ったとき
種子は芽を出していた
旅人は快活に
海辺の村落の話を聞かせた
やがて時が過ぎ
その植物は
人の腰の辺りまで成長した
やって来た旅人は
いとおしそうに緑の葉を撫で
訪れた山上の
町の話を聞かせてやった
その後
戦争が起こった
どの土地も悲鳴と炎に包まれた
久方ぶりに宿を訪れた旅人は
自分と同じぐらいの
背丈になったその植物を
悲しそうに見つめ
黒い都の話を聞かせた
やがて時が経ち
国の名
[次のページ]
戻る 編 削 Point(1)