旅人の木/やまうちあつし
 
町を出る日
旅人は一粒の種子を
宿屋の庭にそっと植えた
宿屋の主人にも女将にも
内緒でこっそりしたことだった

次に旅人が戻ったとき
種子は芽を出していた
旅人は快活に
海辺の村落の話を聞かせた
   
やがて時が過ぎ
その植物は
人の腰の辺りまで成長した
やって来た旅人は
いとおしそうに緑の葉を撫で
訪れた山上の
町の話を聞かせてやった
   
その後
戦争が起こった
どの土地も悲鳴と炎に包まれた
久方ぶりに宿を訪れた旅人は
自分と同じぐらいの
背丈になったその植物を
悲しそうに見つめ
黒い都の話を聞かせた
   
やがて時が経ち
国の名
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