塔/伊藤 大樹
 
汗に濡れたシャツをはだぬぎ
わたしは暗闇のなかを
帰るふりをして 逃げたのだ
七月の 台風の 雨のなかを
精一杯生きようとして 逃げたのだ
咎められることは何もない
そのほかのことは知らない
〈台風が過ぎ去ったら
 夏が来るんだろうか〉
声のないそんな囁きが
壊れそうな東京の曇天に響き
わたしははじめて
無邪気にねころぶ

………
言葉は失われてしまった
あの空の深い青に
触れることのない青に 融けてしまった
戻ろう
あの深い沈黙の中へ
逃げよう
あの冥さへ
あの季節へ
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