形見。/梓ゆい
父の衣服が
風も無いのに揺れだした。
一人でうずくまる東京のアパートで。
死の間際
僅かな体力と精神力を右手に込めて
「お父ちゃん。お父ちゃん。」と呼ぶ娘たちの両手を
ほんの少しずつ握り返した。
(父の声が響く。父の言葉が響く。今まで以上により強く。)
午前2時を過ぎた2階の押入れ。
捨てたはずのセーターが
衣装ダンスから姿を見せる。
まるで
「これから、どこかへ行こう。」と
誘いをかけるかのように。
父から頂いた教え
父の残したお金
父が託した願い事
それらは皆何処かに溶け込みながら
娘たちの元へと
届けられてゆく。
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