大切にされなくなるときのために/岩下こずえ
家族は死ぬし、恋人にも捨てられるだろうし、友人だってわかりゃしない。」
日が上り、朝が来る。雄一郎は、時計の目覚ましのアラームがなる前に、それを解除する。雄一郎はすっかり雄一郎となって、ようやく動き出す。布団の中で襲われたおかしな幻影をふりはらうだけの気力もわいている。顔を洗いに、洗面所へと起き上がる。
その時、ふいに窓の外を、3、4人の、おそらく中学生だろう子どもたちが、小さなマウンテンバイクに乗って走り抜けた。変声期前の甲高い声が聞こえた。澄み渡っていて、それこそ、よく手入れされた、生きた楽器のようだった。
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