貝の夢/梼瀬チカ
時計が夕方の四時を回る頃
夕餉の支度のため
買ってきたシジミを水に漬ける
しばらくして覗いて見ると
貝が口を開け水のなかで息をして
ゆっくりとくつろいでいる
窮屈なパッケージからガラガラと出され
やっと水の(水道水でも)なかへ還って
貝が油断している
私は悪戯に口の開いた貝に触れる
貝は驚いて口を閉じる
もし人のように眼が有ったら
私を見ただろうか
閉じた貝はゆるゆるとまた舌を出し
水のなかでまどろんでいる
今朝方見た夢がぼんやりと
頭のなかで再生されかける
再生されかけるが輪郭がはっきりしない
ただ憶えているのは
私の家の部屋のなかで誰かが眠っていた
決してその人をまどろみから起こさず
その風景を眺めてはいたけれど
それが誰なのか判らなかった
私の夢のなかで誰かが眠っていた
私の頭のなかに誰かが棲んでいた
数え切れぬ人たちが水のなかで眠っているシジミのように
この街の夜の静けさのなか吐息を繰り返し頭の中に棲む
さまざまな人達を見るだろう
私は息を大きく吸い込み深呼吸した
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