虚空のひと/クロヱ
 
とかく、何も見えないほど濃ゆい霧が立ち込める花畑にて
あたしは、そこに老紳士が絶えず立っているのを知っていた

その老紳士は
タキシードにハットを目深にかぶり、白手袋をして真黒の漆光沢のある杖を腕にかけていた
そして首から胸にかけて、思い出の旧式カメラをぶら下げていた

老紳士のそんな格好は初めて見たので、何故か可笑しくて

「お晩ですね」

あたしは老紳士に呟いた

「今は春ですよ、お嬢さん」

老紳士は懐かしく微笑むと、これまた懐かしい声を口から吹いた


あたしはこらえきれず、駆け寄った

「あなたはそこに在りなさい」

老紳士は大きな手をあたしの
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