虚空のひと/クロヱ
とかく、何も見えないほど濃ゆい霧が立ち込める花畑にて
あたしは、そこに老紳士が絶えず立っているのを知っていた
その老紳士は
タキシードにハットを目深にかぶり、白手袋をして真黒の漆光沢のある杖を腕にかけていた
そして首から胸にかけて、思い出の旧式カメラをぶら下げていた
老紳士のそんな格好は初めて見たので、何故か可笑しくて
「お晩ですね」
あたしは老紳士に呟いた
「今は春ですよ、お嬢さん」
老紳士は懐かしく微笑むと、これまた懐かしい声を口から吹いた
あたしはこらえきれず、駆け寄った
「あなたはそこに在りなさい」
老紳士は大きな手をあたしの
[次のページ]
戻る 編 削 Point(3)