寒い夏/イナエ
 
七月のある日 兄は ぼくを呼んだ
風通しの良い部屋に一人伏せていた兄は
「今度は帰れないかも知れない」という
「弱気なことを…」
ぼくはそう言ったきり次の言葉が出ない

幼少時父も母も病で亡くし 
長い間離れ離れに暮らしてきたわたしたち
間にいた兄姉も夭折して
十歳ほど年も離れた兄とぼくだけが成人した
肉親としての特別な情愛は湧かなかったが 
他人の顔色をうかがって媚びを売り少年期をおくってきたぼくが
この世で唯一心を開ける人 
二人で居ると安心できる何かはあった

兄は 早くから軍人になっていた
復員後暫くして見つかった肺結核
何度も入退院を繰り返すことになった
[次のページ]
戻る   Point(22)