片鱗/梼瀬チカ
 
まな板の上で
包丁で削いでいる
鱗が手に付く
こんなにも固く
守り光っていた
今日のささやかな夕餉の印
手際よく分けていく
包丁をもつ手つき
妙に明るい蛍光灯の下で
鱗は
赤黒い臓物の横で鈍く光り
幼い日に聴いた人魚の下半身をびっしり覆っていたに違いない
不意に時間を巻き戻し
臓物も中に入りどの切り口もつながり
この鱗で覆ってやりたくなる
そうやって返してやりたくなる

お前が海に帰れないよう
人間の血肉になるよう
私もお前程にはなれないまま
どこへも帰れず
死体となって
誰の口にも入ることなく
代わりに人間がずいぶんと土を深く掘り
そこへ埋めるだろう

眼の前の家人が米と一緒にほおばるのを見て
私もまた箸をつけ口へと運ぶ
その後片づけると
流しに僅かに残り、鈍く光っている


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