赤い壁/岸かの子2
 
さざ波のような四年間が
女の心をくすぐり始める
いかにも、春の風の様に
泣いてもいい
涙さえあれば存分に泣け
抱かずにいた証が欲しい
あなたから、あなたから

さようならは言わない、なんて

きれいに騙してくれたのです
白い壁に囲まれた
一番奥の四角い部屋で
最後の最後まで
廓の中の遊女に語る様に
幼い私を諭してくれているのだから

あなたは、あなたらしく
わたしは、わたしらしく
そう、言いたかったのですね
静かな診察室だけが
お互いの心の中の物語を
知っているのだろう

アルミサッシの窓から見えるのは
小さくて、四角い空だけなのに
飛び立つあなたを
捕まえたくて仕方がない
わたしも連れていってよ
きっと誘拐犯にはならないから

真っ直ぐな視線は
わたしを捉えて動けなくなる
白い壁に囲まれた
第四診察室は悲しい別れを案じてか
赤い壁に変化してゆく
廓に戻るわ
そう言って立ち上がれば
あなたは笑い、カルテを閉じた




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