そこにある全てが失われていないというだけの/ホロウ・シカエルボク
ない
もしもここにあるのだとしたら…俺の頭がここにいつも通りにあるのだとしたら
失われてしまったという俺の感触はいったいどこからどんな風にやって来たというのだ?
静粛にしなさいと裁判官が言う
そして、例のハンマーをコンコンと鳴らす
傍聴人たちは静まりはしない
閉廷、閉廷だとあらん限りの声で叫びながら
裁判官たちは堆積してしまう
ブーイングが最高潮に達したところで
舞台は歪み俺は見知らぬバスルームにいる
耳の中ではまだ無数のブーイングが残響している
そうだ、鏡、と俺は思いつく
このまま鏡を覗けばいい
自分の目で自分を確認すればいい
誰が見失っていたのか、たとえそれだけでも
はっきりしないままよりはずっと良い
俺はバスルームを出て洗面所へ向かう
洗面所の鏡を覗き込み、思わず悲鳴をあげる
そこには真っ黒い靄のようなものがあるだけだった
そこで目覚めた
俺は洗面所の鏡を見ながら
大きく息を継いだ
そこにある全てが失われないというだけのものでしかなかった
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