眠りの天使/塔野夏子
その岸辺へとおりてゆくがいい
そこには優美な灰色の小舟と
一人の天使とが待つだろう
天使に導かれるまま
小舟に乗るがいい
舟底の褥(しとね)に横たわるがいい
天使の接吻が
双つの瞼を閉ざしてくれるだろう
天使の漕ぎだすまま
舟は岸をはなれゆくだろう
舟を泛べるその流れは
なつかしい歌の調べに似ているだろう
天使の漕ぎゆくまま
舟はゆるやかに流れに乗るだろう
ただゆだねているがいい
閉じた瞼にしずかな月と星との光を感じて
やがてその身と心との痛みたちが
少しずつほどけてゆくだろう
かわりに 忘れていた甘美な夢が
ゆっくりと沁みいってくるだろう
うっとりと 満たされてあるがいい――
時が来て 天使がふたたび その小舟を
すこし哀しい瞳で そっと岸につけるまで
戻る 編 削 Point(7)