その世界の向こうから/猫の耳
 
いっそ
海の泡になりたいと思う
宇宙の塵になりたいと思う
風の粒子になりたいと思う

透明で音もなく 時間さえ遠く
人々に忘れ去られ
柔らかな光だけに包まれ
悲しみも憎しみも、笑顔さえもない
そんな世界に紛れて溶けてしまいたいと思う

大丈夫
人はいずれ誰でも土に還るよと
昔 大好きなおばあちゃんは 乾いた声でそう言った

深夜 読みかけの本を手にしたまま
知らぬ間に落ちていく トロリとした眠りの世界
樹液のような そのあまやかな世界から戻りたくない 
そのまま目覚めなければいいと
何度も何度も願った

けれど いつもその世界の向こうから 
珈琲と 焼き立てのパンとバターの香ばしい匂い 林檎の甘い香り
そして優しく懐かしい声が私を呼びにくる
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