幸福論/葉leaf
めに弾力的に運動し始めるところに宿るのであり、不幸せが歴史の末端で太陽と海とを混ぜ合わせるところに悠々と聳え立つのです。幸せは人間の生物レベルでの小さな平衡にすぎません。それに対して不幸せは宇宙と人間との関係で引き起こされる絶え間ない相克の削りかすが感情に変化したものです。
幸せは直接追い求めるものではありません。つまり自分がじかに幸せになるものでもありません。他人を幸せにして、その他人の幸せの照り返しを受けるところで間接的におこぼれに与かる、そんなところに本当の幸せはありはしませんか。じかに追い求められた幸せはどこか空虚です。それは自分しか満たさないからです。他人を大きく満たし、他人から溢れ出してくる幸せに同期するということ。そこに本当の幸せはありませんか。お金がなくて困っている人にお金を貸してあげる。そのときの相手の喜びが自分に跳ね返ってきませんか。その跳ね返ってくる喜びは、自分と相手が共有することのできるかけがえのないものではありませんか。幸せを独善的な満足で終わらせず、他人とのかけがえのない連帯を生み出すものとして用いること。僕はそんな幸せがいいと思うのです。
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