血/葉leaf
主観性の感情によって血が通されている。
(兄は兄である以前に私であり、私は私である以前に母であり、母は母である以前に妹であり、妹は妹である以前に父である。家族の中で風邪が一巡するように、家族の中では一人の喜びも悲しみも一巡する。私性は決して秘されたものではなく、ごく普通に家族の中で共有されているし、家族の私性もまた私によって十分飼い馴らされているのだ。)
私がかつえているような言葉、私を血の流れでもって肯定してくれる言葉、そこに家族のひらめきがある。心より発され、心より案じてくれる言葉は誰から発されようと家族の言葉だ。だから家族に血縁関係は必要ない。かつて、私が自己嫌悪と自己否定の病に侵さ
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