馬車に乗る/青井
そのむかし貴婦人が揺られたような
そんな優雅な馬車じゃない
年季の入った歪んだ車輪で
牛馬の糞を踏み散らしながら
凹凸しかない悪路を行く
軽やかな蹄の音の悠長な響き
バナナ農園で働く人々の頭上に高い空
煙草を吸っていいかと御者に訊いたら
物欲しそうな顔で頷くので
一本差し出したら子どもみたいに微笑んだ
他人に煙草をせびることなく暮らせている僕と
なんの気兼ねもなく黄色い歯を見せ喜ぶこの男と
はたして本当に豊かなのはどちらだろうとふと思う
御者が手綱を引いて馬が鼻を鳴らした
ゆるやかな風が頬をすべり煙草になかなか火がつかない
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