Googleマップの中の家/小川 葉
 


おばけみたいに、建っている。

「ほんとうに、人が住んでいるのかしら」
「駐車場に、クルマが止まっているから」
「でも、なんだか気持ち悪いわね。自分が暮らしていた場所に、他人が住んでいるなんて」
「おれが暮らしていたことなんて、知らないんだろうね」
「知らないんでしょうね」

それから妻と私、それぞれの、Googleマップの中の家をながめたまま。

「帰りたいか」
「帰りたいけど、帰りたくない」
「おなじく」

そう言って、また沈黙。

すると息子、遊びに行った友だちの家から、ガチャガチャと、アパートのドアの鍵を開け、部屋にドタバタ帰ってくる。

「お母さん、腹減った」

と言って、帰ってくる。

もう、私たち、どこにも帰らなくていい。
妻が笑う。
急いでご飯の準備をする。

それから息子は楽しそうに、友だちのことを話す。にぎやかに、にぎやかに。

「お母さん、ご飯、まだ」

と、せかしながら。

もう、私たち、どこにも帰らなくていい。

心の中で呟いて、
二人は二つの家を、そっと閉じた。


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