秋の歌/ハァモニィベル
 
りにした景色は、もうドア・ポストを開けても二度と目にすることは無いけれど、ふと思い出すのだ。あの時のように、風に吹かれたときに。

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 ひどい雨の中、つめたく青ざめた顔が、路地の片隅で、歩き疲れて飢えた心と、ぼんやりと一緒に過ごしていた。窓の傍では、白い月がいつも流し目でこっちを見る癖に絶対、眼を合わそうとはしなかった。「ああ、そうだな」、もうずいぶん前になる。本を速くしか読めなかった男が自殺したのは。埋葬は、至ってシンプルなものさ。その時、彼女を二列目の席に座らせたのは、テクストを一行ずつ正確に読む、おそろしく几帳面男だった。知ってるだろ?ああ、そうだ。長く生きたけれど、結局、愛読書を全巻通読しないままこの世を去ったよ。ほんの一瞬、幾重にも光景は過ったろうな。心も顔も別居していたんだ。自我というシュークリームの中で。




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