故に其の場所で彼は踊る/塔野夏子
ひとたび彼が其の場所にあらわれたなら
ひとことも言葉を発さずとも
彼の身体が その動きが生きた詩と化す
時に抒情であり 時に抒事であり
時にそれらを超えた何かである
彼の背後の書き割りは
夢のようにひとりでに変わりつづける
彼をめぐって
姿なき無数のコロスが歌いつづける
其の場所で
彼は世界の誰よりもあざやかに存在する
でありながら同時に
とめどなく彼方へと
彼の存在は辷り去りつづけている
彼の憧れ それが
彼方へと辷り去りつづけてやまないものだから
其の場所に在るとき それが
その憧れが最も極まるときだから
かくて彼の曳く光芒はかぎりなくせつなく
彼の輪郭を際立たせ
彼を見る者の胸を深々と奏でるのだ
未知へのノスタルジアの不思議な調べで
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