我々の欲望には、素晴らしい音楽が欠けている。/岩下こずえ
熱が、僕らを包み込んでいた。しかも、その熱は僕の内部からも発しているのだった。ゆっくりと、ときには速く、そしてこの上なく心地よく叩き込まれる、そんなリズムとメロディのなかで、僕は涙を流していた。僕は、暖かい涙を流している自分の眼に、自分がそんな眼を持っていることに、感動し、また涙を流した。僕は、僕のまわりで僕と同じように音楽のなかを泳いでいるやつらの、顔も、名前も、その人生についても、何にも分かりゃしなかったが、・・・それがなんだっていうんだろう。僕らの欲望は満たされていた。素晴らしい音楽で、いっぱいに満たされていた。・・・それに比べて、どうだろう? あるひとの欲望は、まだあの××に固着したままだ
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