「バスにて」/
宇野康平
窓にかげろうがいた。
触覚を揺らして男を見ていた。
余命が短い男は振動に揺れながら
弱った細胞が虫に同情して泣けと責めた。
あの、かげろうも泣くだろうか、
親が泣くだろうか。
友が泣くだろうか。
妻が泣くだろうか。
子が泣くだろうか。
世間は泣くだろうか。
世界は泣くだろうか。
かげろうは死にそうな声で
死ぬだけだ
と言った。
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