笛吹き少年の行くえ(1)/Giton
 
(30歳)労働農民党(無産政党・左派)結成、盛岡、花巻に支部。共同印刷、日本楽器等、各地で大争議。中原中也、『春と修羅』を読み「朝の歌」完成、自詩スタイルを確立。
▼花巻農学校を退職し、開墾営農開始、『羅須地人協会』設立準備。高村光太郎を訪問。
▽口語詩『春と修羅(第2集)』制作(1924-26)。『銅鑼』ほかに口語詩19篇掲載(1925-26)。

1927年(31歳)金融恐慌。第一次山東出兵。
▼『羅須地人協会』を立ち上げ、私塾・営農・農村奉仕活動を展開。思想犯の疑いで警察の取調べを受けたが、その後も密かに労働農民党の活動を支援。
▽『銅鑼』ほかに口語詩5篇掲載。

1928年
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