湯豆腐と冷奴/salco
冬になるとおでんなどの他に、父は湯豆腐を作った。というのは共働き
の妻が相当料理下手だった。正確には家事全般に不向きな人で、冷蔵庫の
冷凍室に恒久鮮度を見、洗濯機には水流が回らないほど詰め込み、隅々に
漂う綿埃が気に留まらず、着なくなった服やボロ布を捨てるという発想が
ないので押入れの開け閉てがまるで岩戸だ。
戦中戦後の青春で培われた価値観もあろうが、思考回路の或る方面に徹
底して伸びしろがない、これは性格の構造としか言いようがない。愛情や
覚悟、また生活力は別として、学科で誰より勝っていたいという学生時代
の向上心を、その挫折後に実生活の細事へシフトできなかったという意味
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