◆ Terence T D'arby best selection ◆/鈴木妙
もう一人のぼく自身が向こう側から手を伸ばしお互いがお互いの指に触れたような感じだった。
「どうです? 亜衣さんもやってみては」
と茜が促したが、
「やだ」
亜衣は拒否した。ボブった黒髪が草原からの風に乱される他は、やはり無感情めいた佇まいでなんのリアクションもない。ぼくもおそらく表面上は平静を保ったはずだけれど、実際には安堵感と寂寥感を同時に抱いていた。つまりまずぼくたちがなにかをしなければならない『応接室』は無限ではなく大きく見積もってもこの市全域でしかないだろうこと、そして当たり前だがこのジオラマは本当にニセモノでぼくは実際に育った街で亜衣と昔みたいにぶらぶら歩いていたわけではないことが、眼前に開けるはずだった隣町の圧倒的な「なさ」によって確信された。よかった。
つづく
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