陽子のベクトルは太郎を指向するのか/草野大悟2
いよ。なんでも」
「うん、判った」
これが終わったら、ムフフの時だ、いよいよだ。
太郎はムフフの誘惑の前にすっかり平常心を無くし、陽子の恐ろしさを完璧に忘却していたのだった。
準備は整った。
グローブを軽く合わせ、スパーリングは始まった。
太郎が、得意の両手ぶらり戦法をとった瞬間、左テンプルに強烈な衝撃が走り、ガシャンとシャッターが降りたように辺りが真っ暗闇になった。
「ごめ〜ん、太郎。ちょっと強すぎたぁ?」
陽子のその言葉が、太郎に聞こえるはずもなかった。
太郎は、幸せそのもののムフフ顔をしたまま、大の字になっていつまでもリングの上でノビていた。
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