庶民として詩を書くこと/葉leaf
私は庶民である。ごく普通のサラリーマンであり、その他大勢のサラリーマンと似たような暮らしを送っている。世の中の大多数の人間と同質な生活をしているということ。私はそこに平凡でありながら限りなく豊かなものを見て取っている。詩は孤独な魂の産物であろうか。あるいは詩は有閑者や無職者の暇をつぶすためだけにあるのだろうか。
詩は人が多くを感じる所、人が多くを考える所にどこでも存在する。確かに人が孤独である時沢山のことを感じ考えるのかもしれないし、時間がある人も沢山のことを感じ考えるだろう。だが、普通のサラリーマンが普通の仕事をするとき、同じようにたくさんのことを感じ考えているし、実際は孤独者や有閑者
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