未完のエチュード ?/Giton
保守者、崇拝者が聞いたら怒るだろうが──どうでもよく、彼といることがたいせつなのだが、だからといって彼のアパートにじっとしているほうがよいわけではない。東大寺は、また興福寺の裏の小路は、それなりにぼくらにとっても意味のある場所にはちがいなかった。
その大仏殿まで下りて来たころ、通り抜けられぬほどの大粒の夕立が始まっていた。まっすぐな雨脚は、いつか通り過ぎた日に春風にそよいでいた巨大な幡よりもあざやかに、聳える破風屋根をさらに高くする。
別の日に、興福寺下の小道を歩いているとき、20メートルほど先を、お揃いの小さなナップザックをさげた男子高校生の二人連れが揺れるように歩いていた。いかにも楽しそうな後ろ姿だ。
ぼくらも、さらに後ろから来る人の目には、同じように見えたにちがいないのだが、それは後知恵にすぎない。じっさい、ぼくらは羨望と嫉妬の思いで目を落とし、自分らを振り返り、沈黙し、そして切なくなったのだった。
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