八月の記憶/イナエ
 
家の下から幻想が浸みだし
水底に揺れていた茶碗の記憶が拡がる

  石屋があった 風呂屋があった
  乱雑に重なった御影石の塹壕
  人気のない風呂屋の脱衣場
  壁には空を睨む少年飛行兵
  挙手の礼する番台の君と僕
  隼戦闘機と艦載機が交錯し
  B29が炎に包まれるノート

もう一度見上げた陶器瓦の上に
煙を吐き出す窓が現れ 御影石に炎が降る 
少年兵は脱衣場の壁から飛び立つことなく
君の笑顔に重なり 挙手の礼をして
炎の中へ消えていく

記憶から吹き出す風は
夏の日に焼けた私の中を冷たく渦巻き 
歯ぎしりを残していく

            「それでも」改題 
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