夏の蟲/Giton
 
蝉といえばハルゼミ。ぼくは春の東北の山を訪ねるまで、こんな恐ろしい蝉の音があることを知らなかった‥
頂きにとどく高さのモミやミズナラの梢から、一里四方の谷を震撼させていた。その虫は親指ほどの大きさも無いと知ったとき、ぼくの生きていた世界は、たしかに変貌したのだった。

 しづけさや岩にしみいる蝉のこゑ

芭蕉が聴いたのは、きっとハルゼミに違いないと思った。国語の教科書にも、放課後忍び込んで見た教師用指導書にも、そんなことは書いてなかったが‥

イナゴといえば佃煮。東京の小学校に転校してはじめての昼食時、母が都会の子に負けないようにと奮発して弁当に入れてくれた豚かつの切れ端は、教師の執
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