たったひとつ/千波 一也
産声のなかで
ひとりの娘が母に変わる日は
生命にまつわる大切な記念日
わたしのためには
何にも起きたりしない平凡な日でも
見知らぬ誰かには
たったひとつの日
雑踏のなかの
ありふれた服屋に並ぶ数枚のシャツ
わたしはそれを持っていて
幾度となく袖を通してきたけれど
服屋に並ぶそれは
わたしのシャツと同一ではない
匂いも住所も記憶も異なる
たったひとつの衣
喧騒のなかに佇む少年少女
その横を通り過ぎるとき
わたしはどんな大人でいようか
つかの間の
ごくありふれた往来の一場面でも
少年少女には
大人というものを
窺い知るには十分なわたしであろう
[次のページ]
戻る 編 削 Point(9)