赤提灯の音/為平 澪
 

一人は都会のバカヤロウ、と、
泣き出した

最後まで音を隠していた老齢の若者が
ハーモニカを 吹いた
 その音は 日本の鏡を称え
 その音は 酒場のギターにも鳴り響き
 その音は まるでジャズのような敬語
 その音は 愛すべきバカヤロウを愛せ

寡黙な饒舌は 一人一人に降りしきり染み込ませ
浅い眠りを深くして 各人が持ち寄った音の
七オクターブ先を 静かに駆け抜けていった

  誰も 何も言わなかった
  誰も 何も言えなかった

そしてハーモニカを吹いた彼は ひとこと
「僕は身近な音しか 出せないのです」
--------あとは照れ笑い

名もない街の四角いテーブルを囲んで
長丸の赤提灯を見るたびに 
人はそれを一期一会と呼ぶ
再会の約束をしながら その保証書がないことが
哀しいくらいに身軽であることを知りながら
私たちは 手を大きく振り合った

来年 再来年
過ぎ行く時間の中で 私たちに保険証は無かったけれど
私たちは身近な音で語り合う 確かな赤提灯だった

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