庭にはいってきた男/草野春心
午後十一時をまわったころ
庭にはいってきた男は 岩に座って黙っていた
裸に剥かれた冬の枯れ樹の 枝のひとつひとつが
別々の動きをしていた それで私は
かれらは男の思考そのものなのだと思った
私は紙袋からグレープフルーツを取り出して卓上に置いた
爪先だけで歩く人のような 静かな雪が男の辺りに降りはじめた
それでも男は動かなかったので 男は灰皿か 或いは
ただそこに開けられた穴のようにみえた
時があまりにも緩慢に流れるため
ひょっとするとそれが逆流しているのではないかと思えはじめたころ
私はしぶしぶカーテンを閉めた それから卓上の果実を袋に戻し
三人がけの真新しい黒いカウチに 一人で躯を沈めた
指で鼻をこすると 執拗な煙草のにおいがした
もし朝まで待っていたとして 男がそこに残っているかどうか
私は それについて 誰かと話がしたいとは思わなかった
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