【小品】もういくつ寝ると/こうだたけみ
くち」
すると私は口の感覚がなくなって、パクパクさせることすらできなくなった。驚いて、鼻から大きく息を吸い込む。それを見て顔が言った。
「はな」
今度は鼻の感覚が消え失せて息ができなくなった。血圧が上がっていくのがわかる。苦しい。誰か助けて。必死に目を動かす。すると顔が言った。
「め」
舞台が暗転したみたいにふつっと真っ暗になった世界の中で、私は手探りでのっぺりとした顔に掴みかかる。それを引き剥がして裏返すと、咄嗟に自分の顔にあてがった。
気づくと、世界は元通りになっていた。私は何が起こったかなんてすっかり忘れてしまって、幾分すっきりした気分になって歩き出す。お正月になんて何も期待はしてないけれど、わずかに何かを期待しながら「もういくつねると」と小声で口ずさむ。私の皮一枚隔てた内側で、得たいの知れない何かがぬるりと身じろいだ。
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