境界線をまたぐ/岡部淳太郎
果てしない葉の落下
星は脱獄囚のように走り出す
ヤニ臭い黄色い歯が喉笛に噛みつく
もう二度と
歌など歌えないように
新しい蝕の始まりだ
みんなが赤い声を上げて君を待っている
またひとつの平凡な朝
世界中のすべての空気が肩の上にのしかかる
吐く息は紫の
暗く汚れた輪をつくって天井で立ち止まる
待ち望んでいた魂の話はついに出来なかった
思い出も 懐郷の念ももう 意味をなさない
味のないものをなめつくしても
火はまだ静かに燃えている
もう一度
歌を歌うために
果てのない時に向かって始まる綿毛の上昇
月は坐って厳格な監視をつづけている
それは 目に見えない一本の線に過ぎない
だがそれを一歩またぐ時
胸の中で何が飛び立つのか
何が騒ぎ出すのか
何が崩れて 粉々になるのか
何が
何が君をここまで連れて来たのか
古い藍色の朝
静かにくるうことは快楽だと
君はひとりつぶやく
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