春の夢/碓氷青
はるか。冬の寒さがじんわりと溶けだして、あるような、ないような、暖かな風がからだに沁みる。花園の傍らにある小屋に住まう<彼>は、春が空に色づきはじめた頃に、まるで冬眠から目覚めた獣のように出て来て、薪をこしらえる。<彼>は暖炉のぶんの木を切り終えるやいなや、一年も前に咲かせた花が残した種子の入った袋を小脇に、園に出た。一つの冬を耐えきった園はどことなくやつれた様子が否めなくて、<彼>は園の土をしわだらけの手に一杯にすくって、よく頑張ったな、ありがとう、と声をかけた。土にこころはないけれども、その声は空に土にあった見えないこころを揺蕩わせるように、響いた。土がおどる。<彼>は小脇の袋の中に手をつっ込
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