春がくるまえに逃げよう/ユッカ
でこが濡れる。ほっぺたばっかりあったかい。(きったねえ涙。)お客さん、どこいくんですか? 予備校に行くんです。はい、長野市の。今時の若い子はバスなんて乗らないからね。めずらしいね。バスの運転手さんはそうやってよく話しかけてきてくれて、きみはそのひとが好きでよく喋ったけど、何を話したかはおぼえてないね。ただ、よくお菓子をくれるから、いいひとなんだろうなと思っていた。いつもバックミラーじゃ見えないところに座って、声だけで打ち明けるんだ。どっか行きたいんです。どっか遠くに。へへ。
きみはね、ほんとは脇目もふらずに走りだしてもよかったんだ。何も持たずに山に入ってしまったってよかった。それなのに帰り道を残した。バスから降りてアスファルトの上を歩いた。それが愛の証明だった。でもなんかもう、つかれてしまって。引き返すにはあまりにも遠いところまできてしまって。でも行き倒れるのにはセブンイレブンが見えてるし、おなかもすいたから、残ってる小銭80円で何買えるかなとか、いっそ神隠しにでも遭いたいなって、そんなことをぼんやり、吐きそうな顔して考えている。
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