龍のいない青空/石川敬大
 
高句麗とこの街をつなぐ
 ガントリークレーンが虚空に巨人の手をさしのべていた

  アパートに帰ったら 母と妹がいなくなっていた
  ――それで 自転車どころではなくなった
  家族が消滅したのだから

 痕跡のない波をトレースした朧な
 新羅行のフェリーが突堤の先をきっちり曲がるところだ
 きょうも龍頭山では
 甲冑を着た眼光するどいイ・スンシン将軍が日本を睨んでいるだろう
 あたりまえの朝の光景のように
 雑然とした裏通りの食堂の勝手口あたり
 女たちがおしゃべりしながら自家製キムチをしこんでいるはずだ

  ――かれがフッと
  虚空に目をやると
  龍のいない青空がひろがっている

 一〇〇年がすぎると敵味方なく
 一〇〇〇年すぎると祖国すらないかもしれないのに
 すでに滅びた高句麗の
 半島の鏃の尖はいきている
 かれの深いかなしみの霧に突き刺さったままだ



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