求めています/岡部淳太郎
 
浸っていた

バスはなかなか進まなくて
みんな暗くあきらめたようにぼんやりしていて
みんな呼吸を忘れたように静まり返っていて
僕も同じように静まり返っていて
ただ広告の大きな文字だけが気になっていた

求めています

誰もが何かしらを求めている
それを意識しながら
それと意識することなしに
意識せずに求めることのほうが恐いのだが
僕は自分が求めているものを忘れてしまったのだが

求めています

誰もが何かを求めているのだが
みんな暗くあきらめたようにぼんやりしていて
みんな呼吸を忘れたように静まり返っていて
僕も同じように静まり返っていて
バスはなかなか進まなかった

やがてひと時 暗いひとつの息の時
バスは渋滞から開放されて動き出した
バスはみんなの求めているほうへ
それぞれの家路のほうへと
ゆっくりと走り出した



(二〇〇五年一月十二日帰宅途中のバス車中にて)

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